那覇の「農連市場」に行って来ました!


「那覇まちまーい」の農連市場見学ツアー

 

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朝6:00に集合・・・この日の参加は・・・
私のみ(笑)

 

かく言う私も酒が抜けずに参加(笑)
「ノーレン、のーれん、農連♫」で、ございますww 

 

まずはパン屋さんから・・
こんな時間から営業してるのですね。
こちら「オリオンパン」さんも・・・。

 

 

三線のレンタルショップもあります

 

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ここで有名な「謎の自販機」
何が出るかはお楽しみ・・
サンプルがないところもボタンを押せば
何かが出ますww

 

 


いろいろ、売っています

「亀浜」と並び有名な「照喜名製麺」の麺
フーチャンプルーに使うので沖縄ではよく売られています

かまぼこ専門店とか、甘いものも(^O^)

「仲尾次」は満席で断念、
で、ツアー終わったら閉店してた(笑)
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相対売りといって、値段は表示せずに交渉で決定します。

 

「涙そうそう」で妻夫木君がバイクで細い路地を走っていたのもここですね。


昔ながらの、英文表記も・・・。
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「もやし、始めてるらしい・・・」は襟裳岬でしたか、
って「燃やし」ですな、アレは(笑)
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昔ながらの佇まい・・・バラック感が・・・

 

鉄製の看板、アースの水原弘以来・・ww

 

流れているのはガーブ川、ガーブというのは湿地の意味らしいです。
こういう風景も、もうすぐこの一帯、
市場も再開発でビルになってしまうので
見学するなら今のうち・・。

 


8:00の時点でパン屋さんもおしまい

 

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以前、一人で廻った時は午後でしたが、

殆ど開いていませんでした。

見学するなら夜明けと同時ぐらいが・・
寝ちゃうと起きれないでしょうから。
ある意味、飲んでそのまま行くのがオススメ(笑)

 

 

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場所は、牧志公設市場のもっと奥

神里原に近いです

博物館文化講座「グスク巡り」

 

県立博物館主催の
沖縄北部のグスクを巡るツアー。

見学先は名護城跡、今帰仁城跡
昨年は大里城跡、糸数城跡、玉城城跡など

南部中心に廻ったそうで
今回で3年目の企画だそうです

當眞嗣一氏(沖縄考古学会副会長)を講師に40名で周るツアーで
ランチは付きませんが参加費が1,800円とう言うのも魅力ですなぁ。

その為か抽選倍率は3倍とのことで、

私も目出度く当選というわけですww

當眞先生は沖縄グスク研究の第一人者
世界遺産登録の際に色々と尽力された方で、

戦跡考古学という分野を確立された方でもあります。

実測図を伴う詳細報告をする作業の積み重ねとか・・・。
今回もガイドの冊子には等高線を記した地図があり
地形、地勢からグスクを読み解く手法を教えて戴きました。

グスクの目的は未だに「御嶽説」「砦説」「集落説」など

諸説が存在し決定を見てはいないという話は前回書きましたが
先生は「戦跡考古学」提唱者という事でしょうか、
グスクの目的は砦が発祥であり
その後に拝みの場としての用途に移行したのでは?
というような説をお話ししていました

まずは名護グスク

この石段の和灯籠がいかにも神社っぽいのですが

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桜の名所で有名ですが奥地には御嶽があります
途中、わざと道が曲がりくねっていたり
隊列を伸びきった状態にするような道が続く
ココを弓で射られたら進めないわけです

また、竪濠は石を上から落として濠に沿って転がすためのものとか

一見、左の平らなところは、段々畑の一部みたいなのですが、

コチラ側の斜面は日が差さない側
と言うことはこの広場は畑の用途ではない訳です。
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そこで、兵士が並ぶための場所ということが分かるのだそうです
なるほど、等高線マップを配布した理由が理解できましたww

地層を調べてその当時の捨てたものとか
土器のかけらなどから生活状態や
グスクの用途などを探るのだそうで・・・
こういう地層を「遺物包含層」と言うのだそうです。

その後、今帰仁グスクへ

今帰仁城は13世紀末に築城を開始、15世紀初頭に現在の形が完成。
17世紀初頭まで城として機能していました
2000年に世界遺産に登録、日本百名城にも選ばれました。

長年、城として使われてきたので
何度も上に土を載せて突き固めています
版築(はんちく)と言います

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この城で三山時代の北山の最後の城主「攀安知(はんあんち)」が

1416年台頭する尚巴志と戦いますが
調略された臣下の本部平原の裏切りで、
最期は自刃しています、
その後は尚氏の前線の城としてして機能したようです。
攀安知は「千代金丸」とよばれる譜代相伝の宝刀を持っていて
自刃した後に刀は「志慶真川(しげまがわ)」に投げ込まれ
後に発見され、第二尚氏の手に渡っています。
その刀は那覇市歴史博物館とかで時々展示されます。
谷の部分の下が川です、曲輪には
「テンチジアマチジ」という御嶽もあります
参道の旧道は曲がりくねっていますし
確かに「志慶真川(しげまがわ)」の断崖絶壁を背にしてることや
「カザーフ」という内堀も深い谷、参道もまっすぐで無いことなどを考慮すると
発祥は砦なんだろうなぁ、と実感するグスクです

常に工事中、発掘調査中で、
行くたびにブルーシートが目につくのが興ざめですがww

このグスクはいつ来ても哀愁に満ちた、何ともロマンを感じるグスクです。
中城のような広大なイメージ、或いは
勝連、座喜味のようなダイナミックなイメージもなく
昔の遺構の感じを色濃く残すからでしょうか。
それとも、攀安知の悲しい最期を想起するからでしょうか?
この「志慶真門郭(シジマジョウカク)」辺りが一番グスクらしいショットかも

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こんなものも拾えます
勿論、お土産にしてはダメです
シャムの龜の破片だとか
流石に学芸員の方々はすぐに分かるもので
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折に触れて、先日、私が書いていたこと。
グスクとチャシの類似点先生に聞いてみました

・海が望める場所に多く存在
・付近での貝輪の発掘
・拝みの場として、或いは砦として使われていた
・ハジチ(刺青の風習)

・最盛期の時期が近い

などが、私の思う類似点ですが、

先生からは弥生文化同心円状に拡大していったから大いにありうる
とのお話で、そのことを本に書こうと思っていらしたとか・・・。

誰でも気づくかも知れませんが、先生と同意見とは・・。
なかなか私も着眼点は良かったかも知れません(笑)
名護グスクは今回初めて行ったのですが、今帰仁は数回行っています
しかしながら、行く度に新たな発見があるものです。

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帰りに伊芸SAで沖縄バスの連番が揃い踏みww

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「モシリヤチャシ」

釧路の「モシリヤチャシ」 

チャシというのは山の上にあって

割木の柵を巡らせた施設を指す語、簡単に言うと「砦」の意です。

しかしながらアイヌ族による文献史料が存在しない為、
語源、用途は諸説あり確定していません。

北海道のチャシとしては、500カ所以上のチャシコツ(チャシ跡)が

確認されているようです。

「モシリヤ」とはアイヌ語で「島のある川」

北海道文化資源データベースによると、

史跡内立ち入りは申し出により対応とのことで外側だけ見てきました

標高18mの丘陵を利用してつくられたチャシ、
形が重ね餅に似ていることから
地元では「お供え山」として親しまれています。

宝暦年間(1751~1764年)に実在した人物
トミカラアイノによって築造されたといわれ、
築造者のわかる道内でも数少ないチャシの一つです。
その後も一族が利用し、1世紀近くにわたって機能したとみられています。
今回の私のメインの観光ポイントの一つなのです。

実はこの「チャシ」私には沖縄の「グスク」との

類似性、関連性を色濃く残すように
思われて仕方ないのです。

グスクの多くは14世紀後半から18世紀末にかけて

築城されたといわれています。

チャシの成立時期は不明ですが、やはり16世紀から18世紀、
つまり近世アイヌ文化期であると考えられています。

その繁栄した時期もさることながら、
他にもいくつかの共通点があるのです


1)「聖域との関わり」

内地の「城」は戦いのための砦ですが、
グスクの場合、琉球の信仰の聖地として、
いわゆる「本丸」部分に御嶽(うたき)があります
グスクはもともと御嶽であったと考える説があります。
同じように最初期のチャシは聖域としての
性格が強かったという説があります。


2)「城館説」

地域の有力者の居城として構築されたとする説があること。
チャシはアイヌ族内での緊張状態の影響から
「チャランケ」(後述)の場として用いられるようになり、
和人との戦いが激しくなると軍事施設としての
役割が大きくなっていったのではないかとの見方があります。

チャシの分布は東蝦夷地と呼ばれた道南、道東に多く、
特に根室、釧路、十勝、日高地方に集中しています。
これはシャクシャインの勢力圏と一致している為、
シャクシャインらが和人と戦う中で多くの
チャシが築かれたのではないかと推測されています。
シャクシャインという、
まぁリーダーというか頭領というか、酋長というか・・・は
松前藩の和睦の申し入れで向かった上で誅殺されたとか。
騙し討ちとは、随分と酷いことをしたものです


3)「集落説」

もともと集落として発生し、周辺を石垣で囲ったものとする説。
また、1)とあわせ、御嶽を中心に発達した集落であるとする説。

私は、神様は高いところに祀る⇒その周りを築城し守る⇒人が住む⇒
敵が来ると神と住人を守るために立て篭もるというのが自然な流れで
全ての説が当てはまると思っています。

そんなことで色々見てみると・・・

毎年冬に「チャランケ祭」なるものが東京で開催されていています

実はアイヌ語で「トコトン話し合う」「諭す」

果ては「懲らしめる」は「チャランケ」と言います

一方


ウチナー口(沖縄ことば)では「チャーランケ」は
「 消えんなよォ」という意味

東京で偶然出会った北海道と沖縄の方の会話から、
この二つの音が似ているから付けられ、発足されたお祭り。

もう18回も開催されているようです
アイヌ古式舞踊やら三線やら、エイサーやら・・・

確かにシャッフルのリズムが多いのも共通点。

シャッフルのリズムって
内地の人はノリが前のめりになって、
走りがちで苦手なんですがね。
シャッフル巧いのは民族的な共通点もあって、
内地とは違うのかも知れません。


去年の開催場所は「新井薬師前駅」
徒歩6分(西武新宿線)だったそうです。
今年の冬は開催されれば行ってみたいものです。

 

 

 

厳寒の地 釧路に行ってきました

北海道は釧路にお住まいのK嬢とメールをしてるうちに
厳寒の釧路にでもいかが?という話になり行って来ました。

駅前でバスを降りたらこんな具合
コロコロバッグが雪かきしてしまう(笑)
寒い、寒い、コレでも最も寒い時期ではないらしい
マイナス15℃でやっと「寒い」というとかw

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雪を道路の方に捨ててしまうから
こんな山のようになるのだとか・・・

まずは、K嬢と再会を祝し焼き魚などで一献。

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その後はカウンターバーで烏賊を頂き
「鳥松」のザンギ(北海道版鶏唐ですな)を出前
ここは骨付きと骨なしがセットで・・・

そして、根室の「北の勝 搾りたて」

碓氷勝三郎商店の酒で根室管内各酒屋さんなどで
毎年1月中旬頃に限定発売されますが出荷本数が少なく
入手困難な酒として全国の日本酒通に有名です

今年は昨年並みの約17.000本生産され
一升瓶で2.361円(消費税抜き)とか。

このお酒は根室市民はもちろん、各地域にもファンが多く
その日中に各店で完売するほどの「幻の酒」

実に吟醸香が豊かでフルーティーな味でございました!
旨すぎて結構な量、飲んでしまったww

翌日は・・・普通は日本酒をたくさん飲むと二日酔いするんですが

スッキリと・・・さすが「北の勝」

で・・・名物wwではない名所「鶴見台」にて丹頂鶴を
ここは餌付けしてるのでたくさん飛来します。
写真家の撮るような絵は500ミリぐらいないとダメですね。


その後は今回の私的な目玉w「モシリヤチャシ」を見に!
この「モシリヤチャシ」に関しては別の機会に記します。


地元の市場「和商市場」へ行って名物「勝手丼」を!
道内一周のライダーは資金不足が常、
そこでご飯を用意すれば市場の各店で
余り物や在庫を載せてくれたのが発祥とか。

今はご飯からして売ってますww
 これアキバのラジオショップを想起させます、
コンデンサとかトランジスタとか・・・(笑)


それ程空腹でもなかったのでご飯「小」100円でスタートしましたが
結局色々トッピングして合計1000円に(笑)

もう午後でしたから、市場はタイムセール、

「水野水産」で毛ガニを三杯5000円にて購入


夕方は釧路市立美術館に行って釧路郷土作家展を見学の後
釧路は夕日が綺麗というので階上のレストランから見てみた。

実に綺麗な夕日が水平線に沈んで行きます、
製紙工場の煙突からは煙が出ていますが
これでも随分撤退し煙突は少なくなったとか、
この辺りにもペーパーレス社会の進行を感じますね。


夜は、炉端系が何故か満席の店ばかりなので
刺身の美味いという「達」へ
ここのホッケと真鯖の刺身は美味かった・・・・。

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で、再度カウンターバーにお邪魔。
お店にカニを持込み、更には沖縄からのお土産
「赤松藤」やら「コーヒー泡盛」やら・・・

極寒の地で飲む泡盛とカニ・・・最高でした。
K嬢もお喜びで何よりでございました。


翌日はSL「冬の湿原号」で往復
「C11 171号機」です

片道1時間ほどの車中、途中にはギャラリーが結構居ましたが、
重連運転の日はもっとスゴイのでしょうなww


車中では、だるまストーブでししゃも焼いたり・・・・。
途中、湿原の説明を車掌さん自らのMCでやってました。

売店のあるのは食堂車の改造車両、
「スハシ44」となっていますから
客室部分はシートなど替えて食堂部分を
売店に改造しているのでしょう。

これだけが43系客車で他は14系なので屋根の高さが異なるのに萌え(笑)

最後尾は「緩急車」、フツーに言うところに「車掌車」
昔は貨車の後ろには必ず付いていました。
今は連結していないから余った車両は
無人駅などの駅舎で利用されたりしてますね。
客車と幌で繋がってるのは珍しい!

標茶では地元の蕎麦を味わい・・・って言いながら「カレー蕎麦」(笑)
標茶にも詳しいK嬢はヨーグルト購入

復路は逆向き、テンダ側が正面でバックで走ります。

釧路駅に戻り、最後に鶴見台の湿原を挟んで逆側
細岡展望台で湿原を見てから空港へ
途中、鹿に出会い・・なかなか逃げない(笑)
鹿との衝突事故が多発らしいです

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この日も夕日、絶景でしたなぁ

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空港でもサッポロクラシックと鮭トバで
しゃべりっぱなしで・・・・・出発時間。

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お土産は地元の名酒「福司」のケーキ。

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折角の週末をご案内頂いたK嬢に深く感謝する次第
ありがとうございました!


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ウワサの赤い「ペヤング」戴きました!

 

辛いとウワサの「激辛 ペヤングやきそば」を実食・・・・。

パッケージからして「辛味」強調のレッドです・・。

「辛さレベルMAX!」とか、お子様に注意とか、ハザードも十分!

しかしながらラストの文言

「飲食には・・」って焼きそば飲むヤツいるのか?(笑)

麻婆豆腐は飲み物と言った人はいましたが・・・ww

 

で、ココのは特にお湯を捨てる時に

湯切り穴から「かやく」が出てしまうので

「かやく」を下にして、麺を載せて・・・。

 

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待つこと「三分」・・・ソーズも心なしか「赤い」

で、右が混ぜあわせたところ

ソースだけも舐めてみましたが、何とかフツーなレベル

後ろにスタンバイしていた

ハバネロの5倍辛い

「赤ハチソース 」数滴プラスでチョット味付け(笑)

 

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美味しく戴きました!

 

 

 

さようなら、300系新幹線!お世話になりました

名古屋に三年ほど赴任しておりました

・朝早くの東京本社への出張で泥のように眠り
・大阪での打ち合わせの後飲んで最終に飛び乗り
・豊橋のお客さんまで何度も往復したり
・実家に近い小田原から名古屋に戻るときも

ホントにこの車両にはよく乗りました。


その300系がこの3月に引退します。

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JR東海所有のJ編成61本とJR西日本所有のF編成9本が作られ
J1は試験車両となってしまい乗車の機会はなかったのですが
その他の69編成は全て乗車しました

(いちいちチェックしていたわけでww)

2階建て、食堂車、グリーン個室を備えた
「グランドひかり」 

ユーミンや達郎の歌に載せた
「シンデレラ・エクスプレス」
「クリスマス・エクスプレス」と銘打った
バブリーな印象の100系とは異なり

最高速度270キロ対応の「のぞみ」用として開発された
ビジネス新幹線の意味合いの濃い車両。

デビュー当時は大阪まで急ぐために始発が
「名古屋飛ばし」をして一悶着あったのもこの車両。

さよなら運転時は混雑するのでサクっと乗って来ました

JR西日本保有のF編成の「F9」

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それでもホームにはギャラリーが10名ほど

このフロントマスクは、当時の名車「スカイライン」と共に

「鉄仮面」と呼ばれてましたなぁ。

「こだま号」東京から新横浜(さすがに品川は・・ww)

小田原でも良かったのですが
三島行きでしたので終点まで完全乗車してきました。

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新幹線、ネットで予約、EXカードなるものを改札にかざすと
飛行機みたいに乗車証明が出てきます

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全車自由席なんで記録を残そうとグリーン車に。 

入り口は高級な感じ
内装はJ編成はブラウン系、F編成はグレー系の配色です

重厚なシート、「お値段以下」な感じの

最近のグリーン車のシートとは異なります
読書灯も今にしてみれば無骨です

しかし、その割に質素な(笑)フットレスト

9号車は付随車なので体感すべく、モーターのある8号車に(笑) 

一時間弱でしたがこの車両の頻発する大きな前後衝動

(回生ブレーキの具合らしい)と
加減速時の補助電源装置からの発生音を体感してきました(笑)

で、結局こういう「ラストラン商法」に載ってしまうわけで(笑)

蓋の裏にはエピソードが、裏返しになってる
説明文は付属のカードです

中身はフツーの(ご飯がおにぎりみたいに固まって

箸でそのまま持ち上がりそうな例のヤツです)
幕の内弁当1100円

到着後、三島駅でしみじみ観察

ちょうど、息子さんに撮影を頼まれた方が
「これ300系ですよね~?、良かった~最後に乗れて」ということで
撮影されていました。さすがにここではギャラリーは2人だけww

巨大なパンタグラフ周りの風対策の整流板

特高圧引通線(とくこうあつひきとおしせん)別名「ブス引通し」(笑)
(Busは母線のことらしいです)のため
巨大なケーブルヘッド(切り離し可能なジョイント)が見えます。

帰りは熱海行きの3両編成の211に乗って・・・

その後、品川行きの東海道在来線で実家付近を通過して帰って来ました

4時間ほどの、平日夜の小旅行・・・

駅でもらった、今度の3月ダイヤ改正のパンフ

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300系はおろか、500系、700系・・
さらにその次へ

今や「のぞみ」は全てN700系に


さようなら、 初代「のぞみ」
300系

お疲れ様でした!

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