釧路にて 湖畔巡り ご飯巡りww


今回も、S女史のご案内で、釧路にお邪魔いたしました。
朝一の便で羽田から
羽田では釧路空港が霧という話で着陸は?
という情報がありましたが無事に到着、
しかも物凄い快晴になっておりました。
釧路は「霧の街」とも言われます
太平洋上を北上する暖かく湿った空気が
北海道沿岸で急激に冷やされることで濃い霧が発生するわけで。
雨雲かと思うぐらい暗くなっても雨は降らない・・・
霧なんですね・・。
S女史に、空港までお迎えに来て頂き・・・阿寒湖畔方面に
まずは湖畔の「Pan de Pan」でコーヒーブレイク、
鮭トバパンなど食べてから阿寒湖畔に
湖開きの前なので遊覧船もいないし、
そもそも湖面は氷結してます。

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アイヌコタンも閑散期、ひっそりと。
「ポンチセ(小さな家)」中はアイヌ生活記念館であったようですが
やっていなかったのか、見落としたのか。
シアターもGWのための準備中。

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その後は、網走へ。
網走駅を見たら、昔来た時と
ほとんど外観が変わらない駅舎が懐かしかった。
釧網本線でそばの北浜駅内にレストランがあるというので訪問
その名も「停車場」
オムライスが有名というところを私は停車場ランチをチョイス。
肉汁がジワッっと、つなぎも少なめで美味しいハンバーグでした

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ここは、いわゆるエキナカですな・・ww
本土ならJRが営業するんですが、
ここは個人経営っぽいのが不思議な感じがしました。
駅のホームの向こうはオホーツク海、
厳寒のうねりを想像しますがこの日は静かでした。
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復路は川湯温泉経由。


硫黄山、ここは川湯温泉そばなので箱根の大涌谷っぽい、
当然ながら温泉卵も売っていました。
霧のならぬ「氷結の」摩周湖を見て、
晴れた摩周湖を見ると晩婚とかいいますが
これでは、まさしく・・今後の婚活は「凍結」という感じさえします(笑)

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夜は、沖縄でご一緒であった友人のY女史のご主人と4名で
炉端「煉瓦」に・・・ここは有名店、釧路に行ったら行きたかった店でした。

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いろいろと、焼いて・・・・・
それから、バーに行って、更に一人で仕上げはラーメン(笑)
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翌日は六花亭春採店でプランをゆっくり練りつつ、厚岸方面に!
春採湖に霧がかかって綺麗です、心霊スポットという噂もありますが・・・。
厚岸といえば「牡蠣」
道の駅「厚岸グルメパーク」内の
厚岸味覚ターミナル「コンキリエ」にて

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もちろん、焼き牡蠣、それにニシン、
ご当地名物、タラの一種の氷下魚(コマイ)、ハラスなど
今年は、福岡糸島の牡蠣小屋に行かなかったので、
焼き牡蠣遭遇は思ってもみないこと。
その後は、肉系など焼いたり・・・美味しく戴きました。
帰路は霧がかなり出ました

その後は、釧路市内に戻りフュージョン、ジャズダイニング
「ホットソース」で軽く一杯。
この店は店内も綺麗で落ち着きます、次回も行きたい。
夏場は羅臼、根室も良いです、というお話もあって、
雪解け後に行きたい観光地をアドバイス頂きました。
またグルメでも、有名な釧路ラーメンの老舗などで
未踏の場所もありますので、
更に釧路には再訪の予感ありで御座います。
帰りは、空港までお送りただき、今回もお陰様で楽しい釧路旅行でした、
食べて喋って、あっという間の2日間。
ご案内頂き、しかも運転までして頂き、ありがとうございました。
お土産はいくつか買いましたが
ペットボトルで、しかもカップ付きの芋焼酎
飲んだら泡盛を入れて現代版「抱瓶」にしようかと目論み購入ww
そして、如何にも私が好きそうなネーミングで「鮭トバ一郎」

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次回は雪がないので運転は私がしたいと思っておりますww
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「モシリヤチャシ」

釧路の「モシリヤチャシ」 

チャシというのは山の上にあって

割木の柵を巡らせた施設を指す語、簡単に言うと「砦」の意です。

しかしながらアイヌ族による文献史料が存在しない為、
語源、用途は諸説あり確定していません。

北海道のチャシとしては、500カ所以上のチャシコツ(チャシ跡)が

確認されているようです。

「モシリヤ」とはアイヌ語で「島のある川」

北海道文化資源データベースによると、

史跡内立ち入りは申し出により対応とのことで外側だけ見てきました

標高18mの丘陵を利用してつくられたチャシ、
形が重ね餅に似ていることから
地元では「お供え山」として親しまれています。

宝暦年間(1751~1764年)に実在した人物
トミカラアイノによって築造されたといわれ、
築造者のわかる道内でも数少ないチャシの一つです。
その後も一族が利用し、1世紀近くにわたって機能したとみられています。
今回の私のメインの観光ポイントの一つなのです。

実はこの「チャシ」私には沖縄の「グスク」との

類似性、関連性を色濃く残すように
思われて仕方ないのです。

グスクの多くは14世紀後半から18世紀末にかけて

築城されたといわれています。

チャシの成立時期は不明ですが、やはり16世紀から18世紀、
つまり近世アイヌ文化期であると考えられています。

その繁栄した時期もさることながら、
他にもいくつかの共通点があるのです


1)「聖域との関わり」

内地の「城」は戦いのための砦ですが、
グスクの場合、琉球の信仰の聖地として、
いわゆる「本丸」部分に御嶽(うたき)があります
グスクはもともと御嶽であったと考える説があります。
同じように最初期のチャシは聖域としての
性格が強かったという説があります。


2)「城館説」

地域の有力者の居城として構築されたとする説があること。
チャシはアイヌ族内での緊張状態の影響から
「チャランケ」(後述)の場として用いられるようになり、
和人との戦いが激しくなると軍事施設としての
役割が大きくなっていったのではないかとの見方があります。

チャシの分布は東蝦夷地と呼ばれた道南、道東に多く、
特に根室、釧路、十勝、日高地方に集中しています。
これはシャクシャインの勢力圏と一致している為、
シャクシャインらが和人と戦う中で多くの
チャシが築かれたのではないかと推測されています。
シャクシャインという、
まぁリーダーというか頭領というか、酋長というか・・・は
松前藩の和睦の申し入れで向かった上で誅殺されたとか。
騙し討ちとは、随分と酷いことをしたものです


3)「集落説」

もともと集落として発生し、周辺を石垣で囲ったものとする説。
また、1)とあわせ、御嶽を中心に発達した集落であるとする説。

私は、神様は高いところに祀る⇒その周りを築城し守る⇒人が住む⇒
敵が来ると神と住人を守るために立て篭もるというのが自然な流れで
全ての説が当てはまると思っています。

そんなことで色々見てみると・・・

毎年冬に「チャランケ祭」なるものが東京で開催されていています

実はアイヌ語で「トコトン話し合う」「諭す」

果ては「懲らしめる」は「チャランケ」と言います

一方


ウチナー口(沖縄ことば)では「チャーランケ」は
「 消えんなよォ」という意味

東京で偶然出会った北海道と沖縄の方の会話から、
この二つの音が似ているから付けられ、発足されたお祭り。

もう18回も開催されているようです
アイヌ古式舞踊やら三線やら、エイサーやら・・・

確かにシャッフルのリズムが多いのも共通点。

シャッフルのリズムって
内地の人はノリが前のめりになって、
走りがちで苦手なんですがね。
シャッフル巧いのは民族的な共通点もあって、
内地とは違うのかも知れません。


去年の開催場所は「新井薬師前駅」
徒歩6分(西武新宿線)だったそうです。
今年の冬は開催されれば行ってみたいものです。

 

 

 

厳寒の地 釧路に行ってきました

北海道は釧路にお住まいのK嬢とメールをしてるうちに
厳寒の釧路にでもいかが?という話になり行って来ました。

駅前でバスを降りたらこんな具合
コロコロバッグが雪かきしてしまう(笑)
寒い、寒い、コレでも最も寒い時期ではないらしい
マイナス15℃でやっと「寒い」というとかw

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雪を道路の方に捨ててしまうから
こんな山のようになるのだとか・・・

まずは、K嬢と再会を祝し焼き魚などで一献。

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その後はカウンターバーで烏賊を頂き
「鳥松」のザンギ(北海道版鶏唐ですな)を出前
ここは骨付きと骨なしがセットで・・・

そして、根室の「北の勝 搾りたて」

碓氷勝三郎商店の酒で根室管内各酒屋さんなどで
毎年1月中旬頃に限定発売されますが出荷本数が少なく
入手困難な酒として全国の日本酒通に有名です

今年は昨年並みの約17.000本生産され
一升瓶で2.361円(消費税抜き)とか。

このお酒は根室市民はもちろん、各地域にもファンが多く
その日中に各店で完売するほどの「幻の酒」

実に吟醸香が豊かでフルーティーな味でございました!
旨すぎて結構な量、飲んでしまったww

翌日は・・・普通は日本酒をたくさん飲むと二日酔いするんですが

スッキリと・・・さすが「北の勝」

で・・・名物wwではない名所「鶴見台」にて丹頂鶴を
ここは餌付けしてるのでたくさん飛来します。
写真家の撮るような絵は500ミリぐらいないとダメですね。


その後は今回の私的な目玉w「モシリヤチャシ」を見に!
この「モシリヤチャシ」に関しては別の機会に記します。


地元の市場「和商市場」へ行って名物「勝手丼」を!
道内一周のライダーは資金不足が常、
そこでご飯を用意すれば市場の各店で
余り物や在庫を載せてくれたのが発祥とか。

今はご飯からして売ってますww
 これアキバのラジオショップを想起させます、
コンデンサとかトランジスタとか・・・(笑)


それ程空腹でもなかったのでご飯「小」100円でスタートしましたが
結局色々トッピングして合計1000円に(笑)

もう午後でしたから、市場はタイムセール、

「水野水産」で毛ガニを三杯5000円にて購入


夕方は釧路市立美術館に行って釧路郷土作家展を見学の後
釧路は夕日が綺麗というので階上のレストランから見てみた。

実に綺麗な夕日が水平線に沈んで行きます、
製紙工場の煙突からは煙が出ていますが
これでも随分撤退し煙突は少なくなったとか、
この辺りにもペーパーレス社会の進行を感じますね。


夜は、炉端系が何故か満席の店ばかりなので
刺身の美味いという「達」へ
ここのホッケと真鯖の刺身は美味かった・・・・。

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で、再度カウンターバーにお邪魔。
お店にカニを持込み、更には沖縄からのお土産
「赤松藤」やら「コーヒー泡盛」やら・・・

極寒の地で飲む泡盛とカニ・・・最高でした。
K嬢もお喜びで何よりでございました。


翌日はSL「冬の湿原号」で往復
「C11 171号機」です

片道1時間ほどの車中、途中にはギャラリーが結構居ましたが、
重連運転の日はもっとスゴイのでしょうなww


車中では、だるまストーブでししゃも焼いたり・・・・。
途中、湿原の説明を車掌さん自らのMCでやってました。

売店のあるのは食堂車の改造車両、
「スハシ44」となっていますから
客室部分はシートなど替えて食堂部分を
売店に改造しているのでしょう。

これだけが43系客車で他は14系なので屋根の高さが異なるのに萌え(笑)

最後尾は「緩急車」、フツーに言うところに「車掌車」
昔は貨車の後ろには必ず付いていました。
今は連結していないから余った車両は
無人駅などの駅舎で利用されたりしてますね。
客車と幌で繋がってるのは珍しい!

標茶では地元の蕎麦を味わい・・・って言いながら「カレー蕎麦」(笑)
標茶にも詳しいK嬢はヨーグルト購入

復路は逆向き、テンダ側が正面でバックで走ります。

釧路駅に戻り、最後に鶴見台の湿原を挟んで逆側
細岡展望台で湿原を見てから空港へ
途中、鹿に出会い・・なかなか逃げない(笑)
鹿との衝突事故が多発らしいです

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この日も夕日、絶景でしたなぁ

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空港でもサッポロクラシックと鮭トバで
しゃべりっぱなしで・・・・・出発時間。

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お土産は地元の名酒「福司」のケーキ。

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折角の週末をご案内頂いたK嬢に深く感謝する次第
ありがとうございました!


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さようなら、300系新幹線!お世話になりました

名古屋に三年ほど赴任しておりました

・朝早くの東京本社への出張で泥のように眠り
・大阪での打ち合わせの後飲んで最終に飛び乗り
・豊橋のお客さんまで何度も往復したり
・実家に近い小田原から名古屋に戻るときも

ホントにこの車両にはよく乗りました。


その300系がこの3月に引退します。

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JR東海所有のJ編成61本とJR西日本所有のF編成9本が作られ
J1は試験車両となってしまい乗車の機会はなかったのですが
その他の69編成は全て乗車しました

(いちいちチェックしていたわけでww)

2階建て、食堂車、グリーン個室を備えた
「グランドひかり」 

ユーミンや達郎の歌に載せた
「シンデレラ・エクスプレス」
「クリスマス・エクスプレス」と銘打った
バブリーな印象の100系とは異なり

最高速度270キロ対応の「のぞみ」用として開発された
ビジネス新幹線の意味合いの濃い車両。

デビュー当時は大阪まで急ぐために始発が
「名古屋飛ばし」をして一悶着あったのもこの車両。

さよなら運転時は混雑するのでサクっと乗って来ました

JR西日本保有のF編成の「F9」

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それでもホームにはギャラリーが10名ほど

このフロントマスクは、当時の名車「スカイライン」と共に

「鉄仮面」と呼ばれてましたなぁ。

「こだま号」東京から新横浜(さすがに品川は・・ww)

小田原でも良かったのですが
三島行きでしたので終点まで完全乗車してきました。

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新幹線、ネットで予約、EXカードなるものを改札にかざすと
飛行機みたいに乗車証明が出てきます

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全車自由席なんで記録を残そうとグリーン車に。 

入り口は高級な感じ
内装はJ編成はブラウン系、F編成はグレー系の配色です

重厚なシート、「お値段以下」な感じの

最近のグリーン車のシートとは異なります
読書灯も今にしてみれば無骨です

しかし、その割に質素な(笑)フットレスト

9号車は付随車なので体感すべく、モーターのある8号車に(笑) 

一時間弱でしたがこの車両の頻発する大きな前後衝動

(回生ブレーキの具合らしい)と
加減速時の補助電源装置からの発生音を体感してきました(笑)

で、結局こういう「ラストラン商法」に載ってしまうわけで(笑)

蓋の裏にはエピソードが、裏返しになってる
説明文は付属のカードです

中身はフツーの(ご飯がおにぎりみたいに固まって

箸でそのまま持ち上がりそうな例のヤツです)
幕の内弁当1100円

到着後、三島駅でしみじみ観察

ちょうど、息子さんに撮影を頼まれた方が
「これ300系ですよね~?、良かった~最後に乗れて」ということで
撮影されていました。さすがにここではギャラリーは2人だけww

巨大なパンタグラフ周りの風対策の整流板

特高圧引通線(とくこうあつひきとおしせん)別名「ブス引通し」(笑)
(Busは母線のことらしいです)のため
巨大なケーブルヘッド(切り離し可能なジョイント)が見えます。

帰りは熱海行きの3両編成の211に乗って・・・

その後、品川行きの東海道在来線で実家付近を通過して帰って来ました

4時間ほどの、平日夜の小旅行・・・

駅でもらった、今度の3月ダイヤ改正のパンフ

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300系はおろか、500系、700系・・
さらにその次へ

今や「のぞみ」は全てN700系に


さようなら、 初代「のぞみ」
300系

お疲れ様でした!

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