本当はコワいスマホの話ww

使っていたガラケーのおサイフケータイ機能がおかしくなり、

これを機会にスマホに変えてみた。

改札を通る前、タクシーで払うときに決まって再起動になってしまうのである、

改札では後ろの人に舌打ちされること数回w

原因は全く分からず、そもそもショップではこの不具合の実証が出来ないし・・・

これが買い替えの主な理由。

 

で、最近は機種変、新規がスマホが半分以上、

アキバのショップでは7~8割がスマホというのでレグザの

T-02Dというタイプにした。

 

これにした理由は、もともと漢字変換機能が富士通のが好きだったり、

前機種が富士通だったりしたので

(レグザ=東芝ですが東芝は携帯事業から撤退して、

レグザフォンは作ってるのは富士通なんですな)

でも結局、この辺も今ひとつ、辞書もダメでGoogle日本語変換入れて、

PCからマイ辞書持ってきて移植してますw

 

で、使ってみてわかったのが以下の10点

 

 

1.とにかく電池が持たない:

連続待受がカタログスペックでは280時間(どうすれば、この数字が叩きだせるのかが不思議なんだがw)とあるので、せめて40時間ぐらいは持つよね~と思いきやGPSオンでは8時間ほどでバッテリー切れ(T_T)iPhoneでGPSオンでもう少しは持つなぁ、で、ショップで聞いたらこれでもまだ持つ機種らしい。果たしてこれで市場に出せる製品といえるのかとまで思う次第ですなぁ。

 

2.メール機能のSPモードが使えない:

これはi-modeメールのスマホ版で移行するヒトはこれに入るしかないんですが立ち上がるのとか画面切り替えが遅い。またiPhoneですと暫く触ってると文字選択とかカット、コピーとかになりますが、そうはならないでヘンなポップアップ画面になる、コレがとにかくイラつく。

あと、迷惑メール設定とかPCでマイドコモサイトからやっていたんですが、これも今のところできない、

スマホ上で設定するのみ。それから2in1契約は自動で解約になります。

 

3.ロックしてないと勝手に電話してしまったりする:

これは私の場合ですが、画面ロックしてないと着信履歴最後の方に勝手に電話をしていたw

 

4.細かい設定ができない:

カメラのシャッター音が選べなかったり、カメラ設定でいつもHDR撮影にしたいとかの設定保存ができなかったり・・・みたい、まだ良くマニュアル見てないけど、今のところ、そんな感じ。

 

5.勝手にGPSオンになっていたりする:

小まめにタスクをオフにする作業が必要

 

6.画面応答性は、iPhoneのほうが使いやすいと思う

 

7.着信LEDが細かい設定が出来ない:

メール着信のみオンにすると携帯メールもGmailも何でも着信すると光る、つまるところ一日中光ってるw

 

8.電話機能がチープ:

電話をしてるとバックあライトが暗くなって切り方がすぐ分からない、また私の声もヘンに聞こえるという方が何名か・・・。直前通話時間、料金確認とかもどうやるのか分からんwとにかく電話機能は使いにくい

電話だけはバッテリー別にするとか考えて欲しい、現在にあって最終かつ重要インフラである電話が一日も持たないのでは話にならないw

 

9.使えない画面メモ:

というかキチンとしたものはないので外部アプリで対応してます

 

10.iCloudみたいな撮影画像を上げるものがない:

画像をクラウド上にあげて家でPCでブログやらSNSっていう方も多いと思う、今はDropboxでやってみてます。9月からはドコモでもやるらしいけど。

 

以上、あくまでもT-02Dでのハナシ、さらに私の使ってみての場合でありますが。

 

結論、これじゃ、海外のハードに流れるわぁ・・・

実際サムソンのほうがまだサクサクらしい・・・

日本、家電の凋落を見たわw

 

 

欠点ばかりを書きましたが・・・・良かったことを少しだけ

 

1.おサイフケータイの復活:まぁコレは当たり前

2.ビデオストアでビデオ見放題:525円/月で旧作がメインですが映画やドラマが見放題、

海外ドラマとかも。HDMIで繋ぐと結構キレイに見れます。

 

後は、家のテレビがレグザなんでどれだけ「リンク」するのかが今後の見もの。

ただし設定だけで面倒そうだw

 

最近iPhoneにはなくてアンドロイドアプリしかないものがあって、私は、

それも目当てに今回買い換えましたが、

電話とメール機能重視で使うならば・・・ガラケー最高と言い切れますねw

 

まぁ、電池はハラハラ、操作はイライラな感じで・・・w

 

持ち運び充電器の分、カバンは重くなったし(:_;)

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どうでも良いけどPosterousも文字送り、行替え設定とかがキチンと

反映されずで使いにくくなってきたなぁ。

コメントと画像、動画のみで宣伝やらアプリとかない、

軽いブログスペースってないものかねぇ?

 

首里赤田のミルクウンケーを見てきました

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首里赤田町の旧暦7月16日の祭りで、

関係者の尽力で、平成6年に復興し今年は19回目。
今までは平日の開催ばかりでしたが、
今年は(日)と重なり見学できました。
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ミルクが大きな団扇(うちわ)をかざしながら沿道の人々の厄を
祓い(はらい)、無病息災、五穀豊穣、家庭繁栄を祈り町内を

スネーイ(行列)する行事です。
有名な「赤田首里殿内」も、このミルクが基。
このミルク、ルーツは弥勒(みろく)菩薩で、
ウンケーは「お迎え」の意。
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赤田のミルクの起源は、いくつかあります
今から三百年前、首里殿内からたいこく
(大国=唐ではないか?或いは泰国、更には本土説も)に派遣された
求道長老(グドォーチョウロウ)は皇帝に会い
琉球の教育、信仰の問題について進言した。
そこで皇帝は「釈迦」「孔子」「弥勒」の中から
選択するように話された。
求道長老は、平和を祈願とする「弥勒」の掛け軸を持ち帰る。
その後、村に疫病が流行った時にもミルクも
祈ったところ村の被害は少なかった。
その後、赤田村に住む嘉手苅ヌ、ウスメーという人が
面と胴の張り子を作製したという話です。

その他にも

室町時代、弥勒菩薩の化生と言われる

中国唐代の禅僧布袋和尚が、七福神の一つとして
京都・京の祭礼の行列(風流)に登場。それが琉球では、
布袋をかたどった弥勒踊となった、とか・・
確かに見た感じは「布袋様」
沖縄地方では各地にミルクを祀ることが多いのです。
波照間のムシャーマの場合はミルクは女性で
ブーブザという夫が
ひょうきんな仕種で付いて来ます。
また、西表では「オホホ」なるお金をバラ撒きながらも
相手にされない道化役が出演したり
(まぁ、今で言うキャバクラへ行ってお金使うけど、
アフター以降に行けないオジサンみたいなモノww
実際は漂着した外国人が起源らしいです)とか
地方によって多少のバリエーションはありますが、
ミルク神は主役で概ねこういう感じで練り歩きます。

しかしながら、赤田のミルクだけの特徴が・・・・

以下、研究サイトから抜粋させて頂きました。
・ミルクの面‥頭からかぶる形のものは、
赤田と辻、西原町棚原のミルクだけと思われる。
他の地域は、面形式で顔面のみで、後頭部はないものが多い。
・ミルクが手に持つ杖は、赤田は振ると鳴る錫杖であるが、
他は木彫り等で作られている。
・赤田のミルクはスネーイの時に、路次樂を率いるが、
他では三味線や太鼓等のみの使用が多い。
・ミルクの履く靴は唐靴であるが、他は下駄や足袋を使用・・・
などです

 ということで、後頭部がポイントですw

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「路次樂」なる、楽隊もチャルメラ、ドラと賑やかです。

赤田の町中をおよそ一時間かけて廻ります。
途中、首里城の継世門で記念撮影w

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この門は裏側の道路側からしか見れないので首里城観光されても

多くの方は、存在に気づかない門ですね。
実際は、その名前の通り、世継ぎの
新王が最初にこの門から入る習わしで
そのためだけに使われた門であったようです。
いろいろな願い事を叶えてくれるとか
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ユーモラスながら、ちょっと横浜中華街みたいな・・・。

スネーイの後は面を奉納して

ウトゥイムチ(内地で言う「おもてなし」)という
バンク(舞台)で歌や舞踊、空手等の演舞を披露、
いわゆる奉納踊などが行われました、
時間の関係でここまでは見れませんでしたが。
スケジュールをお教えいただいた皆様に感謝しつつ・・・
ムービーはこちらに
いやいや、実に楽しいお祭でした。

本所防災館に行ってきました!

(財)まちみらい千代田主催でこちらに伺うというものですが

私の住んでいるマンションも参加していたのでこの機会にと思って・・・。

錦糸町で降りて、徒歩10分ほど

スカイツリーは直ぐそば、ちょうど飛行船が通りかかってました。

突っ込んだら、ツェッペリンのファーストのジャケットだわ

・・・なんて不謹慎な妄想がw

 

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スカイツリーって、高尾山よりも高いんですね~最近知りました

で、防災館は本所消防署に隣接しています。

この辺りは、関東大震災、東京大空襲などでも

被害が大きかった地域なので

防災意識は高いのです。

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千代田区含めて、この一帯は「川の手地区」と言います。

キャラクターは、都内では有名なこの方「キュータ」

「不寝番」と言うよりも、こんなのが夜居たら「不審者」ですな・・。

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まずは、3.11の記録映像などを見て、災害が日常であることを改めて実感

その後は、地震体験

「新潟中部地震」というものを選んで頂き「震度7」体験、

他にも何タイプか地震のパターンが

プリセットされています

こりゃ、火も消せませんな・・・が、実感。

 

その後、消化器の訓練

AEDとマッサージなど

これだけ、無機質に並んでるとコワイ・・・・(;_;)

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ラストは、煙に巻かれないように脱出するシミュレーション、

屈んでいなかったりエレベーターを使おうとするとチェックされてます。

全員、脱出後にも何名かのランプが室内に点滅していたのはご愛嬌(笑)

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お土産は、消化器型消しゴムと鉛筆削り、セットで180円

 

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なかなか、出来ない体験とともに、

災害が身近なことを思い知らされた一日でした

 

 

西荻窪 焼き鳥「よね田」へ・・・

釧路から帰って翌日!

週初めから、西荻窪へ・・・

会社帰りに、一人のみ中の

L氏とメールのやり取りをしていて

急遽おじゃますることに・・・

西荻窪駅から直ぐの「よね田」さん

いやはや、デカイ、安い、美味い

という三拍子揃ったお店

ネギ間、正肉などからスタート

ホッピーのみでガンガン行きます

「中」のみお替りで・・・。

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本マグロの喉串、ここは魚ものも美味いです。

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鮪の中落ち、トンのレバーにポテサラ、ささみと・・・かなりの満腹!

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でも、ここに至って満腹中枢が破壊ww

最後に、富士そばで仕上げ!

月曜から飛ばしましたが、楽しく、美味しい体験。

お付き合い頂きありがとうございました。

釧路にて 湖畔巡り ご飯巡りww


今回も、S女史のご案内で、釧路にお邪魔いたしました。
朝一の便で羽田から
羽田では釧路空港が霧という話で着陸は?
という情報がありましたが無事に到着、
しかも物凄い快晴になっておりました。
釧路は「霧の街」とも言われます
太平洋上を北上する暖かく湿った空気が
北海道沿岸で急激に冷やされることで濃い霧が発生するわけで。
雨雲かと思うぐらい暗くなっても雨は降らない・・・
霧なんですね・・。
S女史に、空港までお迎えに来て頂き・・・阿寒湖畔方面に
まずは湖畔の「Pan de Pan」でコーヒーブレイク、
鮭トバパンなど食べてから阿寒湖畔に
湖開きの前なので遊覧船もいないし、
そもそも湖面は氷結してます。

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アイヌコタンも閑散期、ひっそりと。
「ポンチセ(小さな家)」中はアイヌ生活記念館であったようですが
やっていなかったのか、見落としたのか。
シアターもGWのための準備中。

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その後は、網走へ。
網走駅を見たら、昔来た時と
ほとんど外観が変わらない駅舎が懐かしかった。
釧網本線でそばの北浜駅内にレストランがあるというので訪問
その名も「停車場」
オムライスが有名というところを私は停車場ランチをチョイス。
肉汁がジワッっと、つなぎも少なめで美味しいハンバーグでした

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ここは、いわゆるエキナカですな・・ww
本土ならJRが営業するんですが、
ここは個人経営っぽいのが不思議な感じがしました。
駅のホームの向こうはオホーツク海、
厳寒のうねりを想像しますがこの日は静かでした。
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復路は川湯温泉経由。


硫黄山、ここは川湯温泉そばなので箱根の大涌谷っぽい、
当然ながら温泉卵も売っていました。
霧のならぬ「氷結の」摩周湖を見て、
晴れた摩周湖を見ると晩婚とかいいますが
これでは、まさしく・・今後の婚活は「凍結」という感じさえします(笑)

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夜は、沖縄でご一緒であった友人のY女史のご主人と4名で
炉端「煉瓦」に・・・ここは有名店、釧路に行ったら行きたかった店でした。

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いろいろと、焼いて・・・・・
それから、バーに行って、更に一人で仕上げはラーメン(笑)
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翌日は六花亭春採店でプランをゆっくり練りつつ、厚岸方面に!
春採湖に霧がかかって綺麗です、心霊スポットという噂もありますが・・・。
厚岸といえば「牡蠣」
道の駅「厚岸グルメパーク」内の
厚岸味覚ターミナル「コンキリエ」にて

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もちろん、焼き牡蠣、それにニシン、
ご当地名物、タラの一種の氷下魚(コマイ)、ハラスなど
今年は、福岡糸島の牡蠣小屋に行かなかったので、
焼き牡蠣遭遇は思ってもみないこと。
その後は、肉系など焼いたり・・・美味しく戴きました。
帰路は霧がかなり出ました

その後は、釧路市内に戻りフュージョン、ジャズダイニング
「ホットソース」で軽く一杯。
この店は店内も綺麗で落ち着きます、次回も行きたい。
夏場は羅臼、根室も良いです、というお話もあって、
雪解け後に行きたい観光地をアドバイス頂きました。
またグルメでも、有名な釧路ラーメンの老舗などで
未踏の場所もありますので、
更に釧路には再訪の予感ありで御座います。
帰りは、空港までお送りただき、今回もお陰様で楽しい釧路旅行でした、
食べて喋って、あっという間の2日間。
ご案内頂き、しかも運転までして頂き、ありがとうございました。
お土産はいくつか買いましたが
ペットボトルで、しかもカップ付きの芋焼酎
飲んだら泡盛を入れて現代版「抱瓶」にしようかと目論み購入ww
そして、如何にも私が好きそうなネーミングで「鮭トバ一郎」

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次回は雪がないので運転は私がしたいと思っておりますww

那覇の「農連市場」に行って来ました!


「那覇まちまーい」の農連市場見学ツアー

 

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朝6:00に集合・・・この日の参加は・・・
私のみ(笑)

 

かく言う私も酒が抜けずに参加(笑)
「ノーレン、のーれん、農連♫」で、ございますww 

 

まずはパン屋さんから・・
こんな時間から営業してるのですね。
こちら「オリオンパン」さんも・・・。

 

 

三線のレンタルショップもあります

 

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ここで有名な「謎の自販機」
何が出るかはお楽しみ・・
サンプルがないところもボタンを押せば
何かが出ますww

 

 


いろいろ、売っています

「亀浜」と並び有名な「照喜名製麺」の麺
フーチャンプルーに使うので沖縄ではよく売られています

かまぼこ専門店とか、甘いものも(^O^)

「仲尾次」は満席で断念、
で、ツアー終わったら閉店してた(笑)
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相対売りといって、値段は表示せずに交渉で決定します。

 

「涙そうそう」で妻夫木君がバイクで細い路地を走っていたのもここですね。


昔ながらの、英文表記も・・・。
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「もやし、始めてるらしい・・・」は襟裳岬でしたか、
って「燃やし」ですな、アレは(笑)
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昔ながらの佇まい・・・バラック感が・・・

 

鉄製の看板、アースの水原弘以来・・ww

 

流れているのはガーブ川、ガーブというのは湿地の意味らしいです。
こういう風景も、もうすぐこの一帯、
市場も再開発でビルになってしまうので
見学するなら今のうち・・。

 


8:00の時点でパン屋さんもおしまい

 

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以前、一人で廻った時は午後でしたが、

殆ど開いていませんでした。

見学するなら夜明けと同時ぐらいが・・
寝ちゃうと起きれないでしょうから。
ある意味、飲んでそのまま行くのがオススメ(笑)

 

 

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場所は、牧志公設市場のもっと奥

神里原に近いです

博物館文化講座「グスク巡り」

 

県立博物館主催の
沖縄北部のグスクを巡るツアー。

見学先は名護城跡、今帰仁城跡
昨年は大里城跡、糸数城跡、玉城城跡など

南部中心に廻ったそうで
今回で3年目の企画だそうです

當眞嗣一氏(沖縄考古学会副会長)を講師に40名で周るツアーで
ランチは付きませんが参加費が1,800円とう言うのも魅力ですなぁ。

その為か抽選倍率は3倍とのことで、

私も目出度く当選というわけですww

當眞先生は沖縄グスク研究の第一人者
世界遺産登録の際に色々と尽力された方で、

戦跡考古学という分野を確立された方でもあります。

実測図を伴う詳細報告をする作業の積み重ねとか・・・。
今回もガイドの冊子には等高線を記した地図があり
地形、地勢からグスクを読み解く手法を教えて戴きました。

グスクの目的は未だに「御嶽説」「砦説」「集落説」など

諸説が存在し決定を見てはいないという話は前回書きましたが
先生は「戦跡考古学」提唱者という事でしょうか、
グスクの目的は砦が発祥であり
その後に拝みの場としての用途に移行したのでは?
というような説をお話ししていました

まずは名護グスク

この石段の和灯籠がいかにも神社っぽいのですが

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桜の名所で有名ですが奥地には御嶽があります
途中、わざと道が曲がりくねっていたり
隊列を伸びきった状態にするような道が続く
ココを弓で射られたら進めないわけです

また、竪濠は石を上から落として濠に沿って転がすためのものとか

一見、左の平らなところは、段々畑の一部みたいなのですが、

コチラ側の斜面は日が差さない側
と言うことはこの広場は畑の用途ではない訳です。
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そこで、兵士が並ぶための場所ということが分かるのだそうです
なるほど、等高線マップを配布した理由が理解できましたww

地層を調べてその当時の捨てたものとか
土器のかけらなどから生活状態や
グスクの用途などを探るのだそうで・・・
こういう地層を「遺物包含層」と言うのだそうです。

その後、今帰仁グスクへ

今帰仁城は13世紀末に築城を開始、15世紀初頭に現在の形が完成。
17世紀初頭まで城として機能していました
2000年に世界遺産に登録、日本百名城にも選ばれました。

長年、城として使われてきたので
何度も上に土を載せて突き固めています
版築(はんちく)と言います

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この城で三山時代の北山の最後の城主「攀安知(はんあんち)」が

1416年台頭する尚巴志と戦いますが
調略された臣下の本部平原の裏切りで、
最期は自刃しています、
その後は尚氏の前線の城としてして機能したようです。
攀安知は「千代金丸」とよばれる譜代相伝の宝刀を持っていて
自刃した後に刀は「志慶真川(しげまがわ)」に投げ込まれ
後に発見され、第二尚氏の手に渡っています。
その刀は那覇市歴史博物館とかで時々展示されます。
谷の部分の下が川です、曲輪には
「テンチジアマチジ」という御嶽もあります
参道の旧道は曲がりくねっていますし
確かに「志慶真川(しげまがわ)」の断崖絶壁を背にしてることや
「カザーフ」という内堀も深い谷、参道もまっすぐで無いことなどを考慮すると
発祥は砦なんだろうなぁ、と実感するグスクです

常に工事中、発掘調査中で、
行くたびにブルーシートが目につくのが興ざめですがww

このグスクはいつ来ても哀愁に満ちた、何ともロマンを感じるグスクです。
中城のような広大なイメージ、或いは
勝連、座喜味のようなダイナミックなイメージもなく
昔の遺構の感じを色濃く残すからでしょうか。
それとも、攀安知の悲しい最期を想起するからでしょうか?
この「志慶真門郭(シジマジョウカク)」辺りが一番グスクらしいショットかも

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こんなものも拾えます
勿論、お土産にしてはダメです
シャムの龜の破片だとか
流石に学芸員の方々はすぐに分かるもので
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折に触れて、先日、私が書いていたこと。
グスクとチャシの類似点先生に聞いてみました

・海が望める場所に多く存在
・付近での貝輪の発掘
・拝みの場として、或いは砦として使われていた
・ハジチ(刺青の風習)

・最盛期の時期が近い

などが、私の思う類似点ですが、

先生からは弥生文化同心円状に拡大していったから大いにありうる
とのお話で、そのことを本に書こうと思っていらしたとか・・・。

誰でも気づくかも知れませんが、先生と同意見とは・・。
なかなか私も着眼点は良かったかも知れません(笑)
名護グスクは今回初めて行ったのですが、今帰仁は数回行っています
しかしながら、行く度に新たな発見があるものです。

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帰りに伊芸SAで沖縄バスの連番が揃い踏みww

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